赤ちゃん虐待の様子を撮影…「やっと死んだか」殺害したのは17歳鬼畜風俗嬢だった…[adsense]

赤ちゃんを虐待して殺害…

渋谷の道玄坂の通称「風俗ビル」で生後3ヵ月の赤ちゃんが遺体となって見つかった。2013年の11月1日のこと。この赤ちゃんを死へと追いやったのは風俗業界で働く3人の10代の女たち。しかし、その3人は誰ひとりとして赤ちゃんの死の責任を問われなかった虐待報告件数は年間10万件を超えていて、日本小児科学会の推計では約1日1人の子供が虐待で命を落としているとされていることからもその深刻さはわかる。今回遺体となって発見された赤ちゃんの母親は保奈美(仮名、事件当時19歳)といった。長野県の生まれで塾の教師である父親と元銀行員の母親との間に生まれた長女だ。保奈美は幼い頃から両親に厳しく育てられてきた。母親の家族が銀行や県庁に勤めていたこともあり、同じような道に進んでほしかったのだろう。小学校時代には様々な習い事をさせられたという。だが、保奈美はそうした親の大きな期待に応えることができなかった。中学まではブラスバンドでがんばっていたが、高校に上がってからは不良仲間とつるむようになり、度々両親ともぶつかった。そして高校を卒業後は家出をして東京へ出て水商売を始める。保奈美の妊娠がわかったのは1年後のことだ。結婚するつもりもなくかといって育てるつもりもない。どうしようか悩んでいるうちに臨月にさしかかり、中絶することもできなくなった。追い詰められた彼女は子供を産んで特別養子に出すことに決め、特別養子縁組の支援団体Babyぽけっとに連絡。そのまま茨城県土浦市にある同団体の寮へ入った。病院の検査で彼女は梅毒に感染していることがわかったが、治療する時間もなくそのまま出産することになった。病院でお産を終え、生まれたのは娘の唯乃ちゃんだった。同団体の代表の岡田卓子は特別養子縁組に必要な書類を用意し、保奈美に署名をさせた。だが、2枚目にさしかかった時、彼女はぴたりとペンを握る手を止めた。「どうしたの? 赤ちゃんを育てたいの?」と岡田は尋ねた。保奈美はうなずいた。赤ちゃんを産んで顔を見た途端に母性本能が芽生え、育てたいと考え直す女性はいる。岡田は実家に帰ってきちんと家族のサポートを受けながら育児をするという約束をした上で、保奈美が唯乃ちゃんを育てることを認めた。[adsense]

しかし、約束は果たされなかった

長野の実家に戻ってからわずか1ヵ月後、保奈美は両親と仲違いして、唯乃ちゃんを抱いて再び家出をしたのだ。向かった先は渋谷の道玄坂にあった「風俗ビル」だった。ここには、保奈美のヒモである剛(仮名)という男が暮らしていた。JKリフレ店の開業に関わっていて同じ部屋にJKリフレのホステスとして働く予定の17歳の少女2人を住まわせ、危険ドラッグをやっていたのだ。保奈美は剛と話し合い、唯乃ちゃんを17歳の少女2人に預け、自分は風俗店で働いて生活費を稼ぐことにした。その結果、唯乃ちゃんは危険ドラッグとタバコの煙が充満する 男女の部屋に置き去りにされることになった。少女2人は唯乃ちゃんを押し付けられる形で世話をすることになった。だが、生後1ヵ月の赤ん坊の世話は簡単ではない。1日に何度もオムツを替え、ミルクを与え、夜は数時間おきに泣くのをなだめなければならない。育児経験のない彼女たちが危険ドラッグをやりながら、母親を演じられるはずもなかった。少女2人は育児が面倒になり、ストレス発散のため唯乃ちゃんに対する虐待をはじめた。危険ドラッグの勢いも加わってそれは凄惨なものとなった。殴る蹴るの暴行を加える、顔を浴槽の水に沈める、口や鼻に指を突っ込む……。あまりの激しさから、唯乃ちゃんの呼吸が止まり、人工呼吸をして蘇生させたこともあった。しかも、あろうことか、2人は虐待の様子をまるで記念撮影するかのようにチェキ(インスタントカメラ)で撮影していたのだ。事件が急展開を見せるのは保奈美のヒモである剛が別件で逮捕されてからだ。部屋から剛がいなくなり、保奈美もほとんど養育費を入れなくなった。少女2人は、世話をしてもイライラするだけだと話し合い、「唯乃ちゃんの面倒を見るのを完全にやめよう」と話し合った。それはミルクさえ与えないという非情なものだった。その直後に、保奈美が久しぶりにマンションに戻ってきて唯乃ちゃんを3ヵ月検診のために長野へ連れて行ったが、帰ってきてからはまた2人のもとにもどされたことで、ネグレクトが再開される。そして11月1日の未明に、唯乃ちゃんは体をピンと真っ直ぐに伸ばした状態で、悪臭を放ちながら死亡しているのが2人によって発見されるのだ。[adsense]

「やっと死んだか」

119番通報した時、少女2人は「起きたら死んでいた」と説明していた。だが、警察は唯乃ちゃんの死に異変を察し、事件性を疑った。理由としては虐待の様子を克明に写した写真が見つかったこと唯乃ちゃんの首にひも状のもので絞められたような痕が残っていたことそして、少女のうちの1人がもう1人が殺したのではないかと証言したことだ。事情を聞いてみると唯乃ちゃんが死んだ日の晩ひとりの少女は風俗店で朝まで働いていたがもう1人はクラブで遊んだ後にマンションで唯乃ちゃんと2人きりで部屋に寝ていた。風俗勤めをしていた少女が朝六時過ぎに帰ってきて、唯乃ちゃんが死んでいるのを発見した。その時に、部屋に居た少女はこう言ったらしい。
「やっと(あるいは、「ようやく」)死んだか」
さらに、その後、地元の男友達に「赤ちゃんを殺した」というような発言をしていたことが明らかになっている。こうしたことから警察はその晩部屋にいた少女人が唯乃ちゃんの首を絞めて殺害したのではないかと考えた。そして状況証拠をそろえた上で傷害致死で起訴したのである。裁判では事件の当事者たちが代わる代わる証人として立った。だが、彼らの行動や口ぶりは一様に常識を逸脱していた。唯乃ちゃんを「チビ」と呼び、首を絞める等の虐待をした理由を「エクスタシーを感じたから」と豪語し事件の直後には地元の悪友たちとともに集団でラブホテルに行っていたことまで明らかになった。少なくとも、彼女たちしか唯乃ちゃんの命を守る人はいなかった。にもかかわらず、その自覚がまったくない。赤ん坊の命を命とも思っていない言動だ。しかし、裁判では密室で起きた事件であるがゆえに、検察側は明確な証拠を十分にそろえることができなかった。そのため、裁判官が出した判決は以下だった。「無罪」法の上では唯乃ちゃんの死は誰のせいでもない、とされて片付けられたのである。

今すぐポッキー買いに行きたい!

裁判が終わった後、私は唯乃ちゃんの母の保奈美に会いに行った。育児放棄をして子供の世話を少女2人に任せていたのは彼女である。一体、何を思っているのか知りたかったのだ。ところが、彼女は地元長野のクラブでDJをやって遊びまわっていた。初公判の日には男2人と居酒屋で酒を飲む画像をツイッターにあげ、判決の日は「今すぐポッキー買いに行きたい!でも寒い」と書き込んでいた。まるで事件のことなど忘れたといわんばかりである。そんななかで唯一、唯乃ちゃんの死を胸にとどめているのは出産をサポートしたBabyぽけっとの岡田卓子だけだ。
「あの事件は、私に子供を育てられない母親が存在することを教えてくれました。だからこそ、特別養子縁組をサポートする団体を運営している以上、きちんとそういう母親たちから子供を預かり、育てることのできる夫婦に引き渡すことの大切さを感じました」
この事件ばかりでなく、拙著『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』では、虐待家庭を3代までさかのぼり、なぜ親が我が子を殺したのか、そして子供を育てられない親とはどういう大人なのかを明らかにした。そうした親に対してどういう取り組みをすればいいのか。「親教育」も1つだろうし、岡田が取り組んでいるような「特別養子縁組」も1つだろう。せめて、こうした事件が闇の葬られることなく、第2、第3の事件の発生を防ぐ教訓として活かされることを願います。[adsense]

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